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「ええ、それはもう。」
「青酸性の毒物とか、放射性物質とか、
それこそ細菌の詰まったカプセルだったらどうしたんだと。
兵庫せんせえや勘兵衛様から、
そりゃあおっかないお顔をされて叱られましたとも。」
「…、…、…。(頷、頷、頷)」
ウチの身内の男性陣って、そんな想像力はからきしかと思ってたんですのに、意外でしたねぇ。そうそう、もっと現実主義者だと思っておりました。
「落とし物は交番へ届けるものだろうがと、
ゴロさんはそうと言って怒ってましたよ。」
おお、それって一番冷静だったんだと、何だか随分と外したところへ沸いての納得しているお嬢さんたちなのへ、
“いやそれはきっと…。”
五郎兵衛殿も我らと大差無いレベルと中身で怒っていたに違いない。あまりに驚かされたので、そんな頓珍漢な言いようをしてしまったまでのことだろと。少女らの会話がしっかり聞こえておいでの兵庫せんせが目許を眇め、島田警部補は警部補で、しょうがない連中だなと…緩く握った拳の陰で、精悍な口許を微妙な苦笑にてほころばせたのは。女学園のシスターたちの教務室への強襲事件があった翌日のこと。ええもう、これまでと同様の運びとでも言いましょうか。大人の皆様にも事情が届いたのは、事態がある意味決着してからのことだったようでありまして。
「それで? 怪しいタグチップとやらを穿り出してから、なにをどう推察して、どう運んだのだ?」
放っておいたら、昨夜観た情報バラエティーの話題レベルの扱いにされそうな、だがだがとんでもない事態へどう関わった彼女らなのか。脱線するのは、それだけ怖かったとは思っていない証しであり、それを頼もしいことよと思っていいやら、いやいや他のお嬢様がそうなるだろうと思われるのと同じように、身の危険と認識してちゃんと怖がってくれねば、今にとんでもないことにも首を突っ込みかねぬぞと、末が恐ろしいやら。毎度の心境を押し隠しつつ、島田警部補が話の先をと促すような声をかければ、
「あ、えっとですね…。」
そうだった事情聴取中だったと、脱線から戻って来てくれた金髪のお嬢さん。青い双眸をちらと泳がせ、向かい合う壮年殿の。どうした?と促してくる優しい深色の眼差しに、
「……。///////」
ついつい頬を染めつつも。お膝の上で白い指をいじいじからませながら、お話を続けてくださって。
◇◇
保護者の方々を交えてという、この顔合わせと相なった頃合いから、数時間ほど前へまで時刻は遡る。いいお日和だと日向にいるだけで結構暖かいものの、それでも屋外にいればほんの数刻で頬や耳が冷え切っての冷たくなる、そんな深みのある寒さが満ちた住宅街の外れに、彼女らは立っており。
「そっか、この辺て空家が多い一角でもあったんだ。」
授業の一環とはいえ、大人数の女子学生らが数時間ほど大人数でだかだかと連綿と駈けてゆくような行事。閑静な住宅地の真ん中ではそうそうやらかせはしなかろし、事実、当日も通行人も見物の人というのはほとんど見かけなかったくらいだと、今になって思い当たっているお嬢さんたちは。今日は学校への御用ではないとはいえ、顔が指すこと間違いなかろと思ったか、街へ繰り出すときほど気張った装いではない…そうだが。カシミアのハーフコートや、ノルディックニットのジャケット、薄手のダウンジャケットなどを羽織っておいでのところは、確かにさほど目立つよないでたちではないものの。デニムやニットミニだろうボトムの随分と短めな裾がちらりと覗くその下から、レギンスやパギンスに包まれていても麗しいシルエットのままという、すんなりした御々脚が伸びていて。その先、きゅっと締まった足首がすべり込む足元も、今時流行りのトレッキングブーツだったりファーの巻きついたショートブーツだったりという、年齢相応な可愛らしい装いでおいで。人通りのない街路を、時折きゃっと沸いてはこらこらと互いに窘め合いつつ、ほてほてと歩んで歩んで。どういう目串での行動か、観ているだけでは判然としないものの、時折、メールチェックでもしているものか、赤毛のお嬢さんが携帯を取り出しては液晶画面を覗き込んでいて。
「…そういや、この辺りじゃなかったですか?」
「? ……。(頷、頷)」
聞かれた久蔵が、ああと間をおいてから頷いて。見回した周辺の一角、どれほど使われていないやら、古ぼけた掲示板がかかった板壁を指差した。そのあたりだと言いたいらしい彼女だったので、
「ではではvv」
顔を見合わせたお嬢さんたちが、おもむろに広げ始めたのが、トートバッグに入れて持ってきていた張り紙とガムテープ。筒状に丸めてあったのは新しく作り直した“迷い猫を預かっております”と記したポスターであり。久蔵宅で預かっているくうちゃんことメインクーンの仔猫さんが、それは愛らしい姿で撮られた写真と、女学園へ連絡下さいという文言がプリントされており。こういうものの製作には慣れていなかったので、前のポスターと同じ文章にしたのだが、
「今回も首輪してませんものね。
ちゃんと“赤い首輪をしてました”って書いておいたところは、
さすがシスターガルシアですよね。」
「そうだよね。特徴が少ないから余さず書いておかないと。」
前のポスターに使った写真では、チェックのブランケットにくるんだ姿を撮ったため、お顔ははっきり映っていたものの首輪はすっかりと隠れてしまっており。そこでとそんな書き足しをしてあったらしいのを、こたびもしっかり踏襲してある第2弾。今回は自分らで作った拙作とあって、貼ってからもしばし眺めやる三人娘であり、
「ところで、毛色の説明の中に“タピー”ってあったのは、
手先爪先が白い“足袋”って意味でしょうかね?」
「あ、そうそう、あたしもそれ思いましたよう。」
柴犬とかで手の先が白いのを白足袋はいてるって言うじゃないですか。??? あれ、久蔵殿は知りませなんだか? ああでも、足袋っていうのはいかにも日本の言い回しですから、アメリカの猫ちゃんにそれはないかもですよね…などと。他愛のないことおしゃべりしていた彼女らだったが、
「…っ。」
まずはとの反応を示したのが、さすがおさすがの久蔵で。随分と勢いをつけて振り返って見せたものだから、足音を忍ばせて近づきかけていた誰か様、ギョッとするとその動作がついつい凍っての立ち止ったものの、
「…っ。ヘイさん、後ろ。」
「おおお。」
そちらへ気をとられていたあとの二人のうち、七郎次がセオリーを思い出し。怪しい男の立つ側から見た対面側を、視線だけ走らせて確認すれば、そっちにも無言のまま近寄りかけていた存在が。久蔵の背後で立ち止まった男へだけ、注意が向くと思っていたらしきそちらの不審者は。何を企んでか、梱包用らしいビニールロープを、肩幅分ぴんと張っての手にしてもいたので怪しさ全開。とはいえ、
「これって“正当防衛”が成り立つ状況ですよ、ねえっ!」
語尾がついつい弾んだのは、ちっと舌打ちしたそやつが飛び掛ってきたのを避けつつ、自分が立ってた位置へ逆方向から身を乗り出すようにして七郎次が突っ込んできたのとぶつからないためであり。何ちゃってではないしっかりと尾根登りの出来ようトレッキングブーツの、しっかとした一歩を踏みしめつつ、それはなめらかにして俊敏な一歩を踏み出しざま、ジャケットの懐ろから取り出したのが特殊警棒。同じような作り、スライド式のアンテナペンとは組成が違い、しゃきんと伸ばしてしまっても棍棒クラスの強度は保ったままの、なかなかにおっかない得物であり。とはいえ、あくまでも専守防衛アイテムなのか、それとも引き出しやすさ優先だからか、丸い筒状。鋭角になった角はないはずが…
「せいやっ!」
武器とは思えないながら、それでも…若しかしたらばそれで誰でもいいから拘束し、残りの少女らを言いなりにしようとした代物か。ピンと張っての伸ばしたまんまのロープ、楯にするかのように構えたまま突っ込んで来た相手へと。こちらもまた、一向に怯むことなくの風切る速さ、風鳴りがぶんと響いた勢いにて一閃された警棒であり。今日は引っつめに結うこともなくの、肩先へさらりと下ろされていた見事な金絲が。そんな動作の鋭さに沿うてのこと、肩の後ろへと置き去りにされての流れたその隙から覗いたのは、白い耳朶に飾られたラビスラズリのピアス。瞳の色合いとマッチしたその濃青が、遅れてふさりとかぶさってきた金の髪に覆われてからという、微妙な間合いを挟んでのちに、
「…? うあっ?」
所詮は刃物じゃあないのだと、高をくくっていたはずのその手元。だが、そういえば…当たった衝撃はあったものの、そのままこちらへ絡め取れてもいなかった警棒であり。一体何が起きたのやらと我に帰ったのと同時のこと、左右に引っ張って張り詰めさせてあったロープが、その力のベクトルそのまま、左右へぱちりと強い勢いで引き千切れてしまう。そんな予測は欠片もなかったせいだろう、刃ではないにもかかわらず、二重回しにしていたロープを断ち切った相手だと、理解が追いつくには、ちいと間が掛かりそうなそちらの男へ、
「か弱い女子高生に何してますかっ!」
これは天誅だとでも言いたいか、背後へとたたらを踏んだ男だったのを、こら待て逃げるかと尚も踏み込んでの追った白百合さん。先ほど振り切った警棒を、そのまま尚も振り抜くと。その先がもっと伸びての両腕差し渡しサイズへと変貌し、竹刀と同じほど扱いにも慣れた槍タイプへとクラスチェンジしたもの、大きくぐるんと振っての体の左右でぶん回すと。そんな左右から次々に、自在に繰り出される“切っ先”が止まることなくの連綿と腕やら肩やら胴に足元、容赦なくの叩き続ける攻勢へと転じたものだから、
「な…っ、いてっ、
何しやがんだっ、このあまっ。
いててて、痛ぇって、やめろ、ぎゃあっ!」
どんどんと踏み込んでくる好戦的なところといい、手際が良くての失速しないまま、ただただ容赦ない攻撃が一向に止まらぬことといい。愛らしく装った見た目は、そこいらに幾らでもいよう、キャピキャピとか弱い女子高生に違いないってのに。なんだなんだこの小娘はと、凄まじい攻勢の雨あられを浴びながら、混乱しきりなこちらさんと同様に。
「こんの…っ!」
そちらさんもまた、手を焼いた時の用心にか それとも常備品なのか、飛び出しナイフを取り出すと威嚇半分、目の前のほっそりとした少女へちらつかせて見せたものの。そんなことをして震え上がるような御仁ではなかったのが大きな計算違いということか。初冬のうららかな陽射しに物騒な光を反射させた、その切っ先を視野に入れるやいなや。ふわふかな金の綿毛を冠のように頂いた、ちょいとそこいらでは見られぬような、端正にして清冽な顔容をした美少女が、
「…っ!」
ざっと片側の脚を引いての腰を落としたそのまま、
―― たんっ、と
せいぜい濃灰色のパギンスの飾りのような、それは短かったスカートが跳ね上げられたのもまるきり見えなかったほどの素早さで。爪先の尖ったショートブーツが、あっと思う間もなくの瞬時に、男の眼前へまで繰り出されており。しかもしかも、
「うあ、二段蹴りでしたか。」
バレエのトゥスピンを思わせるよなバランスのよさで、その場で綺麗に旋回し。左右を交互に踏み変えての連続蹴りだったの、きっちり把握出来たのは、傍らで見物に回っていた平八のみ。それほどに素早くも切れのある攻勢で、胸板の急所、みぞおちへと立て続けに腰の入った蹴りが食い込み、しかもおまけにと、思い切りの力込め、相手を蹴り押し倒す仕上げの“爆弾蹴り”が留めを指した格好となり。蹴られた当人も何が何やらだっただろう早じまい、あっと言う間にその場へ頽れ落ちたほどであり。
「さぁてさて。
これで落ち着いて話が出来るってものですよね。」
ひとときたりとも止まらぬ、それはようよう練り上げられた攻勢の嵐に翻弄され続けた挙句、こちらさんもまたとうとう座り込んでしまったもう片や。それを威風堂々、敢然と見下ろしながら、凛々しくも…というより、どこか含みがありまくりという、低い声音で言い放った白百合さんだったのへ寄り添って、
「そうそう。一体どんな用向きで、
アタシらへってだけじゃない、
先日はわざわざ女学園へまでお運びになっての狼藉を働いたのか。」
きっちりと話していただきましょうかと、ひなげしさんが詰め寄れば。大の男がひいと悲鳴をあげてから、冷たいアスファルトへ後ろ手についていた手を頼り、じりじりと尻で後ずさった情けなさ。仁王様の錫杖よろしく、槍の長さになった得物の小尻を、七郎次がトンと足元へついてみせると、ますますのことあわわと焦るばかりな不審者さん。あまりに怯えてしまっているものだから、会話どころではなさそうかも知れずで、
「しまったなぁ。理解の限度を超える状況とやらだったらしいぞ、これ。」
「なんですか、そりゃ。」
日頃からどんだけ女子供を舐めてる連中なんですよと、細められてたお目々をついつい開眼しかかった平八だったものの、
「…そのくらいにしといてやってくれないか。」
「はい?」
背後からのお声掛けがあり、なんだなんだ加勢が来たかと、それぞれ戦闘態勢レベルへまで尖らせた視線を、キロッと向けた先に立っていたのは、
「あ。」
「あらら。////」
「…?」
「そんなおっかない顔しないで下さいな、お嬢さん方。」
何で此処にと、三人娘が…怪訝そうになったり、お恥ずかしいところを見られちゃったと真っ赤になったりしたのも さにあらん、警視庁捜査課強行係島田班のホープの佐伯征樹刑事だったからでございました。
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*何だか長くなって来たので、此処で後半へ。
相変わらずドカバキと暴れるシーンが入る
“女子高生シリーズ”でございます。
最近では島田一族の話でもここまで暴れ回ってないのにねぇ。(苦笑)

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